最終更新日 56分 ago by OKAYAMA
汚くて、やたらと広い。個室の仕切りがなかったり、便器がどこまでも並んでいたり。使えそうなトイレを探して、迷路のような空間をさまよい続ける——。そんな夢を、あなたも見たことがないでしょうか。
じつは、あなただけではありません。2026年の夏、SNSで「あの汚いトイレの夢」がにわかに話題になりました。「自分だけだと思っていた」「ほかの人も見ていたなんて」。驚きの声が次々と寄せられたのです。
見ず知らずの人たちが、眠りのなかで同じ場所をさまよっていた。そう考えると、少しぞくりとします。
2026年夏、SNSがざわついた「あの夢」
きっかけは、ある人の何気ない投稿でした。「汚い巨大なトイレをさまよう夢を、よく見る」——ただそれだけの、とりとめもない話です。
ところが、投稿には「わかる」「私も見る」という反応が殺到しました。多くの人が、それぞれ何度も、よく似た夢を見ていたのです。話したこともない相手と、夢の中身がぴたりと重なる。その奇妙さに、SNSはちょっとした騒ぎになりました。

気味が悪いほど、みんなの夢は似ている
寄せられた夢の内容を並べてみると、驚くほどよく似ています。
- とにかく汚れていて、とても使う気になれない
- 個室に仕切りがなく、まわりから丸見えで落ち着かない
- 便器がずらりと並んだ、広すぎる空間
- 迷路のように入り組んでいて、まともなトイレにたどり着けない
- 出口がわからず、いつまでもさまよってしまう
「汚い」「広い」「見られている」「出られない」。細かいところは違っても、夢の骨組みはそっくりです。どこかに“共通のトイレ”が本当にあって、みんなが入れ替わりで迷い込んでいる。そんなふうにも思えてきます。

ユングが考えた「みんなの心の底」
なぜ、他人同士が同じような夢を見るのでしょう。この謎を語るとき、しばしば引き合いに出されるのが、心理学者ユングの「集合的無意識」です。

ユングは、人の心の奥には、一人ひとりの経験を超え、人類に共通して受け継がれてきた層があると考えました。時代も地域も異なる神話や昔話に、よく似たイメージが繰り返し現れる。それは“みんなの心の底”から湧き上がってくるものだ、と捉えたのです。
この考え方に沿えば、「汚いトイレの夢」も、私たちの奥深くに眠る共通のイメージのひとつなのかもしれません。
ただし、集合的無意識はユングが唱えたひとつの見方で、科学的に証明された事実ではありません。その点は、頭の片隅に置いておいたほうがよさそうです。
じつは「トイレの夢」は、ありふれている
ここで、もう少し現実的に考えてみましょう。
夢の研究によると、そもそも「トイレの夢」は珍しいものではないそうです。心理学者のシュレードルも、早くからトイレにまつわる夢を取り上げていました。
その背景としてよく挙げられるのが、眠っているあいだの体の感覚です。実際に尿意をもよおしていると、脳がその感覚を「トイレを探す」という物語に仕立てる。そう考えれば、トイレの夢を見ること自体は、それほど不思議ではありません。
そこへ、「人前で用を足す」という場面につきまとう気まずさや不安が重なります。汚い。丸見えで落ち着かない。そんな共通点が生まれるのも、無理はなさそうです。
さらに、こんな心の働きも関係しているのでしょう。誰かの「私も見た」という言葉を目にしたとたん、昔の夢がふいによみがえり、「そういえば、あれも同じだった」と結びつく。ばらばらだった記憶が、あとから一本の線になっていきます。
“みんなが同じ夢を見ている”という感覚は、そうして少しずつ強まっていくのでしょう。
それでも、不思議は少しだけ残る
種を明かしてしまえば、なんだ、という話かもしれません。体の反応と、ありふれた不安、それに記憶の働き。理屈のうえでは、たぶんそれで説明がつきます。
それでも、今夜もどこかで、会ったことのない誰かが、あの汚くて広いトイレをさまよっている。途方に暮れながら、同じように出口を探している。そう思うと、背中が少しひやりとします。
もし今夜、あの見覚えのある光景に迷い込んだら——暗い通路のどこかで、あなたと同じように出口を探す“誰か”と、すれ違うことがあるかもしれません。
