最終更新日 4週間 ago by OKAYAMA
汚くて、やたらと広い。個室の仕切りがなかったり、便器がどこまでも並んでいたり。使えそうなトイレを探しながら、迷路のような空間をいつまでもさまよい続ける——。そんな夢を、あなたも見たことがないでしょうか。
どうやら、見ているのはあなただけではないようです。2026年の夏、SNSで「あの汚いトイレの夢」がにわかに話題になりました。「自分だけだと思っていた」「ほかの人も見ていたなんて」と、驚きの声が次々に寄せられたのです。
見ず知らずの人たちが、眠りのなかで同じ場所をさまよっていた。そう考えると、少しぞくりとします。
2026年夏、SNSがざわついた「あの夢」
きっかけは、ある人の何気ない投稿でした。「汚い巨大なトイレをさまよう夢を、よく見る」——ただそれだけの、とりとめもない話です。
ところが、投稿には「わかる」「私も見る」という反応が殺到しました。多くの人が、それぞれ何度も、よく似た夢を見ていたのです。話したこともない相手と、夢の中身がぴたりと重なる。その奇妙さに、SNSはちょっとした騒ぎになりました。

気味が悪いほど、みんなの夢は似ている
寄せられた夢の内容を並べてみると、驚くほどよく似ています。
- とにかく汚れていて、とても使う気になれない
- 個室に仕切りがなく、まわりから丸見えで落ち着かない
- 便器がずらりと並んだ、広すぎる空間
- 迷路のように入り組んでいて、まともなトイレにたどり着けない
- 出口がわからず、いつまでもさまよってしまう
「汚い」「広い」「見られている」「出られない」。細かいところは違っても、夢の骨組みはそっくりです。どこかに“共通のトイレ”が本当にあって、みんなが入れ替わりに迷い込んでいる。そんな気さえしてきます。

ユングが考えた「みんなの心の底」
なぜ、他人同士が同じような夢を見るのでしょう。この謎を語るとき、しばしば引き合いに出されるのが、心理学者ユングの「集合的無意識」です。

ユングは、人の心の奥には、一人ひとりの経験を超えて、人類に共通する層が受け継がれていると考えました。時代も地域も異なる神話や昔話に、よく似たイメージが繰り返し現れる。それは“みんなの心の底”から湧き上がってくるものだ、と捉えたのです。
この考え方に沿うなら、「汚いトイレの夢」も、私たちの奥深くに眠る共通のイメージのひとつなのかもしれません。
とはいえ、集合的無意識はユングが唱えたひとつの見方であり、科学的に証明された事実ではありません。ひとまず、そのことは頭の片隅に置いておきましょう。
じつは、それは「典型的な夢」だった
ここで、もう少し現実に近いところから夢を眺めてみます。
夢の研究では、古くから「典型的な夢(typical dreams)」という考え方があります。追いかけられる、高いところから落ちる、歯が抜ける、人前で裸になる——。多くの人が、まるで示し合わせたかのように見る“定番の夢”を指します。
トイレの夢も、そのひとつです。カナダの研究者ニールセンたちが大学生を対象に行った2003年の調査では、55項目の夢のテーマについて尋ねています。そのうち、「トイレが見つからない、あるいはトイレのことで恥ずかしい思いをする夢」を経験した人は、およそ5人に1人(約19%)でした。「人前で裸になる夢」を見た人も約33%にのぼります。どちらにも、“人目にさらされて落ち着かない”という感覚が、どこかで通じているのかもしれません。
しかも、こうした“定番”には国境もないようです。グリフィスが1958年に発表した研究では、日本人とアメリカ人のあいだで、34の夢のテーマがよく似ていたと報告されています。育った文化が大きく違っても、夢に現れるものは驚くほど重なります。
では、なぜトイレなのでしょう。そこでよく指摘されるのが、眠っているあいだの身体感覚です。夢の研究者シュレードルも、トイレの夢と身体感覚との関係を取り上げてきました。眠っているときに実際の尿意を感じると、脳がそれを「トイレを探す」という物語に仕立てる——。そう考えれば、私たちが繰り返しあの夢を見るのも、それほど不思議ではありません。
“みんなの夢”に現れる、もう一人
ただし、“みんなが同じ夢を見る”という話が、すべて同じ事情から生まれたとは限りません。夢を共有する話には、もうひとつ有名な例があります。「ディスマン(THIS MAN)」です。
世界中の見ず知らずの人々が、夢のなかで“まったく同じ男の顔”を見た——。2000年代の後半、そんな話がインターネットを駆けめぐりました。しかし、この一件は偶然に生まれた怪異ではなく、仕掛け人によって作られた話とみられています。その正体については以前の記事で詳しく掘り下げていますので、気になる方はそちらもご覧ください。
トイレの夢のように、たくさんの人が実際に見ている“定番の夢”もあれば、ディスマンのように、あとから作られた“共有夢”もあります。夢をめぐる不思議のなかには、現実に根を下ろしたものと、誰かが仕掛けたものとが入り混じっています。
それでも、不思議は少しだけ残る
種を明かしてしまえば、なんだ、という話かもしれません。眠っているあいだの身体感覚や、ありふれた不安、記憶の働き。理屈のうえでは、たぶんそれで説明がつきます。
それでも今夜、どこかで会ったことのない誰かが、あの汚くて広いトイレをさまよっているかもしれません。途方に暮れながら、同じように出口を探している。そう思うと、背中が少しひやりとします。
もし今夜、あの見覚えのある光景に迷い込んだら——暗い通路のどこかで、あなたと同じように出口を探す“誰か”と、すれ違うことがあるかもしれません。
