最終更新日 10時間 ago by OKAYAMA
北海道の山あいに、全長507メートルの短いトンネルがあります。石北本線の常紋(じょうもん)トンネルです。特急も通らず、ふだんは誰も気に留めないような場所にあります。
けれど、このトンネルには古くから、ひとつの言い伝えがありました。「壁の中に、人が埋められている」——。心霊スポットにはつきものの噂話です。全国どこにでもある、たわいもない怪談だと、多くの人は思っていました。
ところが1970年(昭和45年)9月、その怪談はまったく別の意味を帯びることになります。トンネルの壁の奥から、損傷した頭蓋骨を含む人骨が、本当に現れたのです。
507メートルの闇──石北本線・常紋トンネル
常紋トンネルは、北海道のオホーツク側、遠軽町と北見市のあいだにある常紋峠の下を貫いています。開通は1914年(大正3年)。全長507メートルと、決して長いトンネルではありません。
しかし、この短いトンネルは、北海道の鉄道史のなかでも特別な「重さ」を背負っています。一本のトンネルを掘り抜くまでに、100人を超す人々が命を落としたと伝えられているからです。わずか半キロほどの場所に、それほど多くの死が積み重なっている——。まずは、その背景から見ていきます。

「タコ部屋」に詰め込まれた男たち
常紋トンネルの工事が始まったのは、1912年(大正元年)。完成までには、およそ36か月を要しました。
この難工事を支えたのが、「タコ部屋労働」と呼ばれる過酷な労働形態でした。本州などから「いい仕事がある」と半ばだますようにして集められた男たちは、「タコ部屋」と呼ばれる粗末な宿舎に詰め込まれ、外部との連絡を絶たれました。逃げ出すこともできないまま、危険な重労働を強いられていったのです。
食事も休息も満足に与えられず、事故や病気、暴力で倒れる者が後を絶ちませんでした。亡くなった人の多くは、身元もはっきりしないまま、峠のそばに埋められたといわれています。トンネルを掘るという行為そのものが、命を削る作業だったのです。

逆らった者は、人柱にされた──語り継がれてきた言い伝え
そうした過酷な現場から生まれたのが、「人柱(ひとばしら)」の言い伝えでした。
伝えられているところによれば、監督の指示に従わなかったタコ労働者が、スコップなどで撲殺され、見せしめとしてトンネルの壁の中に塗り込められたといいます。だから、あの壁の中には、人が立ったまま埋まっている——。地元では、そんな話が長く語り継がれてきました。
もちろん、これはあくまで口伝えの「伝説」です。証拠があったわけではありません。だからこそ、多くの人は「よくある怖い話」として受け止めていました。壁の中に人がいるなど、さすがに作り話だろう、と。

1970年9月、壁の奥から現れた頭蓋骨
その「作り話」が揺らいだのは、1970年(昭和45年)のことでした。
きっかけは、その2年前、1968年に起きた十勝沖地震です。この地震で常紋トンネルの内壁にひびが入り、補修工事が行われることになりました。1970年9月、常紋駅口から3つ目の待避所を広げる作業のさなか、作業員たちは、レンガ壁から60センチほど奥にある玉砂利のなかで、あるものを見つけます。
人骨でした。しかも、その頭蓋骨には、鈍器で強く打たれたことを思わせる損傷があったのです。
発見は、これだけでは終わりませんでした。その後の調査で、トンネル周辺からは、さらに10体あまりの遺骨が見つかります。壁の中、線路のわき、鉄道林のなか。長いあいだ「言い伝え」でしかなかった人柱の話は、こうして、頭蓋骨の損傷という無視できない物証を伴って、現実のものとして立ち現れたのです。

トンネルが本当に抱えていたもの
じつは、この地で遺骨が見つかったのは、1970年が初めてではありませんでした。
さかのぼること1959年(昭和34年)、地元の人々によって「歓和地蔵尊(かんわじぞうそん)」が建てられました。そして、その地蔵の周辺を掘ったところ、わずか数日のうちに、およそ50体もの遺骨が現れたと記録されています。名を知られることも、弔われることもなく、峠の土の下に眠っていた人々。その数の多さが、工事の凄惨さを何よりも雄弁に物語っています。
1980年(昭和55年)11月には、「常紋トンネル工事殉難者追悼碑」が建立されました。北海道の開拓という歴史の陰で、記録からも記憶からも消されかけていた人々。その存在と犠牲を後世に伝えるための碑です。今も毎年6月には、この地で供養祭が営まれています。

それでも、汽車は今日も峠を越えていく
常紋トンネルの怪談は、いわゆる心霊現象の噂としても、今なお語られています。トンネルを抜けるとき、車内で不可解なことが起きる——。そんな話を聞いたことがある人もいるかもしれません。
けれど、この場所の本当の恐ろしさは、幽霊が出るかどうかではないのだと思います。「壁の中に人が埋められている」という、荒唐無稽に思えた怪談。その背後には、実際に命を落とし、遺骨となって見つかった人々がいました。名前も、故郷も、いつ亡くなったのかもわからない人たちが、確かにそこにいた——。その事実こそが、どんな作り話よりも、静かに背筋を冷やすのです。
今日も、石北本線の列車は、何事もなかったように常紋峠を越えていきます。その車輪の下、507メートルの闇のどこかに、まだ名前を取り戻せていない誰かが眠っているのかもしれません。トンネルを抜ける、ほんの十数秒。窓の外の暗がりに目を凝らせば、そこに眠る人々へ、そっと手を合わせたくなるかもしれません。
