今回は有名なオーパーツの内の一つ、パレンケの石棺の浮き彫りについて書いてみます。
パレンケとは古代マヤ文明の古代都市遺跡で、世界遺産にもなっています。
歴史的に言うと7世紀に最も栄えた都市の名前の事ですね。
この密林の中にある古代遺跡から、とても不可思議なオーパーツが見つかりました。
パレンケの石棺浮彫りは古代のロケット?
具体的にどの辺がオーパーツなのかと言うと至ってシンプルです。
石棺に描かれた人がまるでロケットのコックピットに座りあたかも空を飛行しているように見える事から、太古にこの地方で超古代文明があったのではないかと注目を集めました。
発見されたのは1952年、アルバート・ルース・ルイリエルと言う考古学者の手によって日の目を見ることになりました。
大きさも縦3メートル、横2.1メートルと中々の大きさです。
作りとしては一枚の岩をくり抜いて作ってありますから、その時点でも当時としては若干不釣り合いな高度な技術だなと個人的には思ってしまうのですが。
その後すぐにその謎が解明されるでもなく現代に至りますが、完全に世の中の注目を集めるようになったのは1970年代ですね。
エーリッヒ・フォン・デニケンと言う作家が書籍の中で詳細を書いたのがきっかけで広く知れ渡る事となりました。
ちなみにこのデニケン、超古代文明のブームの生みの親とも言える様な方で、この手の話では良く耳にします。
横では無く縦に見るのが正解
このパレンケの石棺の浮彫りは、最近の研究で横では無く縦にみる事が正解だとされているようですね。
これは、同じパレンケ内に存在する他の遺跡の中から出土した石棺を見ても分かる事で、幾つか似たような石棺が出土しています。
縦で見た際にはこの描かれたパカル王の姿勢がまるで胎児の様なフォルムですが、これは当時のマヤ文明の死生観が大きく関与しています。
当時は死後の世界は地下に、人間は地上に、神々は天井にと言う考え方があったので、埋葬される際の棺には地中に落ちて行く姿を描いたからです。
こ姿勢も横にみた際にちょうど操縦している様な体勢に見えてしまった事もオーパーツとして側面を助長してしまいました。
又、当初ロケットの噴煙だと思われていた最下部の模様は、地中に巣くう怪物の口を描いた物の様ですね。
その他にもロケットの幹部に見える部分もトウモロコシを象徴的に描いた物だったり、研究が進むにつれて当時の様式美を盛り込んだ棺と言う事が分かってきました。
石棺には沢山の動物も
パッと見ただけでは分からないと思いますが、この石棺には沢山の動物、聖獣が存在します。
石棺の中央にそびえ立つ様に描かれているのが「生命の樹」と呼ばれるトウモロコシを抽象的にした物です。
その頭頂部にいるのが、マヤでは聖なる鳥として敬われたケツァルコアトルですね。
別名ククルカンとも言います。
その他、大きく樹を絡むように囲んでいるのが双頭の蛇です。
この蛇は名前が不明ですが、当時のマヤ文明では蛇は相当に重要なモチーフですから、ニュアンス的には世界を囲っていると言った所でしょうか。
ギリシャ神話のウロボロスや、中世の世界観で天上を覆う蛇と似たような感じかもしれませんね。
こうしてパレンケの石棺浮彫りを見てみると、聖なる鳥がいる天上、蛇に囲まれた人間界、怪物が口を潜んでいる地中を描いている物だと分かります。
今、正に死して地中に落ちて行くパケル王の姿を描いたレリーフだと思います。
オーパーツには往々にしてありますが、この様に錯覚や思い込みが一番オーパーツたらしめてしまって居る事も事実です。
個人的には超古代文明があって、その名残の物だったら嬉しかったんですが。
今回は主に「超常現象の謎解き」様のサイトから参照させて頂きました。
→http://www.nazotoki.com/palenque.html