水晶髑髏

オーパーツの代表格水晶髑髏の謎について

キングオブオーパーツと言っても過言では無い水晶髑髏に関して、昔と違い様々な説が明らかになっています。
詳細はもう少し後で書いていくとしても、非常にロマンのある逸話で子供の頃はワクワクしたものです。

同じように夢を持ちながら書籍を読んでいた方は多いのではないでしょうか?

正式名称ヘッジススカル

水晶髑髏はある意味日本語の名称ですね。
訳してそのまま、水晶で出来た髑髏の彫像の事を指します。

主にマヤ文明、アステカ文明、インカ文明の遺産であるとの事で、中南米の遺跡で発掘されたと言う説が有名ですね。
一番有名且つ、精巧に出来た物が有名で、昔の本に載っていた物も大体がこの水晶髑髏ですね。

学術的にはヘッジススカルと呼ばれていますが、これは発見者のミッチェル・ヘッジスと言うイギリス人の名前を取って呼ばれています。
wikiによると、発見された年代は1927年に遡ります。

今の中南米、メキシコの辺りのベリーズと呼ばれる地の、ルバアントゥンと言う遺跡で発見されたと言われています。
メキシコ、遺跡、水晶髑髏と超古代文明を感じさせるディティールは一通りそろっていますが、近年になってこのヘッジススカルは捏造だったと言う説が有力になっています。

超古代文明フリークとしては非常に残念な結果ですが、読めば読むほど確証を得られるような内容なので我々素人が口を出した所でと言う所でしょうか。

ヘッジススカル捏造の真相は?

ヘッジススカルは確かに色んな逸話が付いていて、胡散臭さは漂う遺物です。
そもそも発見された日と言うのが、ヘッジスの養女のアンナの誕生日で、そこから暫くは発掘隊の一部の人間の間で秘密裏にされていたと言う経緯があります。

最近の調査では、実はヘッジススカルが世に出たのは、発見されたと言われている1927年よりも後年の1943年バーニーと言う人が所蔵していた物を競売に出していた記録があります。

競売が始まる寸前で取り下げたバーニーは、その後ヘッジスに水晶髑髏を渡し、更に少し年月が経った後にヘッジスが養女の誕生日になぞらえて発掘したと虚偽の発表をしたと言うのは定説になりつつあります。

発掘日時当時の写真には水晶髑髏の画像もなく、尚且つその日はヘッジスもアンナも既に現地にいなかった事が判明しています。
その他にも、発掘隊の面々が水晶髑髏に関して知らなかったりと言う事が明らかになるなど残念な調査報告が多いです。

オーパーツらしい水晶髑髏の構造

上記の点を差し引いても、ヘッジススカルが当時オーパーツと騒がれたのには訳があります。
仮に、製造された年代が本当に大昔だとしたら、現代技術にも勝るとも劣らない仕掛けが沢山ありました。

  1. 道具による加工跡が無い
  2. 一つの水晶から出来ている
  3. 水晶の石の目の流れに反している
  4. 特定の角度から光を当てると集中して放出する

こうして列挙してみてもなかなかにすごい技術だと思います。
2000年代になった今でも作るのには苦労しそうな気もしますが、どうなんでしょうね。

個人的に思うのは、ヘッジススカルが長い間オーパーツとして見られてしまったのも、背景にはマヤやアステカの文化があります。
どちらが出土した年代が先かは分かりませんが、中南米の文明には脳の外科手術をした形跡がある頭蓋骨も出土しています。

これらもオーパーツなんですが、多分先にこの頭蓋骨の方が発見されていたんでは無いかなと思います。
すると、後から発掘されたと言われているヘッジススカルも、この外科手術の際に利用されたモデルの様な物かもと言う見方をする人も出てきそうですし。

まあ、結果は最近の調査で色々ボロが出たと言う事なんですが。

ちなみに、水晶髑髏は現在世界中で19個程発見されています。
一番精巧で有名なのがこのヘッジススカルですが、他の水晶髑髏も同じく殆どは近世になって人の手で加工されたものと言う事が判明しています。

世界の謎ファンとしても、いつかその内の一つぐらいは本当に超古代文明の遺産だと言う事が判明すれば嬉しいのですが・・・。

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